Share

第十八話 海沿いを通る、黒いセダンの男

Author: すずかん
last update Petsa ng paglalathala: 2026-10-22 21:57:52

「あれ、またいる……」

 海岸沿いを走る車の後部座席で、彼は手元の資料から顔を上げた。

「少し、車を止めてくれ」

「かしこまりました」

 黒いセダンが、静かに路肩へ寄る。

 窓の向こうには、今日もあの女性がいた。

 一ヶ月前、リゾートホテルの買収案件で沖縄を訪れて以来、何度も見かけている。彼女はいつもひとりで、海を眺めていた。

 初めて見た日は、夕暮れの波打ち際に立っていた。強い潮風に髪を乱されても直そうとせず、ただ遠くを見つめていた。

 観光客だろうか。それにしては、海を前にはしゃぐ様子も、写真を撮る様子もない。

 何かを考えているような横顔が、なぜか心に残った。

 次に見かけたときも、その次も、彼女は同じ浜辺にいた。

 もちろん、ただ海が好きなだけかもしれない。それでも、一度だけ靴を脱いで波の中へ歩いていく姿を見てからは、ここを通るたび、無意識に探すようになっていた。

「……今日は、機嫌がよさそうだな」

 彼女は白い砂浜に座り、紙袋から何かを取り出していた。

 丸い菓子をひと口かじり、足をぱたぱたと揺らしている。どうやら、サーターアンダギーらしい。

 膝に落ちたかけらを慌てて拾い
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第二十話 夜の海で、ひとり

    スマホの画面が暗くなった。  そこに映った自分の顔を見て、ようやく、ひどい顔をしていることに気づいた。  今すぐ誰かと繋がりたかった。  今日あったことを話して、どうでもいいことで笑って、眠る前に「おやすみ」って言いたかった。  ホテルの部屋は綺麗だった。ご飯もおいしかった。  それでも、夜になると寂しかった。  ひとりって最高だと思ったのも、本当だったのに。 「……めんどくさいなあ、私」  笑おうとして、うまくいかなかった。  好きなら、思いきり好きでいたい。  会いたいのを我慢して、連絡したいのを我慢して、平気なふりをしながら、ほどほどに好きでいるなんて、私には難しかった。  だから離れたのに。  離れたら離れたで、こんなに会いたい。  私はスマホを握ったまま、歩き出した。  帰ったら仕事をしなきゃ。これからの収入も、生活も、ちゃんと考えなきゃいけない。  いつまでもホテルに泊まって、おいしいものを食べているわけにはいかない。帰る日は来るし、支払いだって待っている。  考えただけで、気が重くなった。  前は、もうひと踏ん張りすれば会いに行けると思うだけで、仕事を頑張れた。  喜んでもらえるなら、何かしてあげたい。次はもっと可愛い服で会いたい。  疲れていても、その先に楽しみがあれば頑張れた。  自分のために頑張ればいい。  頭ではわかっているのに、その自分が今、三人に会いたがっている。  何をしているんだろう、私は。  自由になったら、やりたいことがいくらでも浮かんでくると思っていた。  でも、いざ誰と会う予定もないカレンダーを見ると、どこから埋めたらいいのかわからなかった。  私のことを待っている人がいない。  それを寂しいと思ってしまう。  必要とされると、負担だったくせに。  もう放っておいてって、思っていたくせに。  スマホを持ち直して、画面をつけた。  ここで連絡したら、きっと私は「寂しかった」と言ってしまう。  あんなに嫌だったことを、ちゃんと話すより先に。  どうしてわかってくれなかったの、と責めたい気持ちもある。でも、優しい声で名前を呼ばれたら、きっと泣いてしまう。  会いたかったと言われたら、私も、と答えてしまう。  それで満足して、また会う約束をする。  今はそれだけでいい

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第十九話 せっかく離れたのに

    私はひたすら走っていた。 息が上がっても、足が重くなっても、止まりたくなかった。 止まったら、また三人のことを考えてしまう。 もう男に尽くすのはやめる。これからは自分のために生きる。 昨日までは、本気でそう思っていた。 好きなものを食べて、綺麗なホテルに泊まって、誰の返事も待たずに眠る。こんなに楽なら、もっと早く離れればよかったとさえ思った。 なのに、たった一度、夢に出てきただけで。 あいつらに会いたくなってしまった。 ……なんでよ。 あんなに嫌だったのに。もう絶対に戻りたくないって思っていたのに。自分のために生きるって決めたのに。 私ばかり予定を合わせるのも、お金を使うのも、寂しいのを我慢するのも。もう疲れたって、何度も思ったじゃない。 それなのに、どうしてまだ未練が湧いてくるんだろう。 怜が、私の作ったご飯を黙々と食べていたこと。 伊織が「先輩、ほんと好き」と、調子よく笑っていたこと。 陽向が、私の手作りのブレスレットをつけていたこと。 あのときは嬉しかった。 もっと何かしてあげたいと思った。私がこの人をいちばんわかっているんだって、少し得意にもなった。 ……あの私に、戻りたい。 ふと浮かんだ本音に、足が止まった。 そんな自分が、ものすごく嫌だった。 せっかく離れたのに。やっと自分のためにお金も時間も使えたのに。 まだ、あの人たちのために何かしたいの? また喜ばせて、それで好きって言ってもらいたいの? 膝に手をついて、乱れた息を整える。 怜、ちゃんと寝てるかな。 伊織、お金がないって、また変なものばかり食べてないかな。 陽向、二日酔いでつらくなってないかな。 考えてから、腹が立った。 私がこんなふうに心配している間、三人は私のことを考えているんだろうか。 ご飯、食べたかなとか。 ひとりで寂しくしていないかなとか。 私がいつも考えていたのと同じくらい、私のことも。 そこまで思うと、涙が出た。 私だって、してほしかった。 疲れたと言えば心配してほしかったし、会いたいと言えば、向こうから予定を空けてほしかった。 何でもいいよって笑っていたけれど、本当は何でもよくなんかなかった。 嫌われたくなくて言えなかっただけ。 会えるな

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第十八話 ある夜の悪夢

    逆光の向こうに、男が立っていた。 顔はよく見えない。すらりとした長身に、隙なく着こなしたスーツ。その姿を見ただけで、胸が弾んだ。「部屋、片づけておいたよ!」 私は彼のそばに駆け寄った。「最近、仕事忙しかったでしょ。家のことまで手が回らないかなって」「ああ、ありがとう」「床も磨いたんだよ。ほら、ピカピカ!」 彼が少しでもゆっくり休めるように。帰ってきて、ほっとできるように。 そんなことを考えながら掃除した時間まで、褒めてほしかったのかもしれない。 けれど、彼の視線は私を通り過ぎ、机の上で止まった。「ありがたいよ。ただ、仕事の資料はあまり触らないでほしい」「……え?」「どこに何があるかわからなくなって、困った」 差し出しかけた手を、そっと下ろした。「ごめん。散らばってたから、まとめた方がいいかなって」「必要があって、あそこに置いていたんだ」「……うん。次から気をつけるね」 そうだ。勝手に触った私が悪い。 彼の仕事のことなんて、何もわからないくせに。 せめて明るく返そうと笑ったところで、彼が腕時計に目を落とした。「それと、今週の土曜だが。すまない、仕事が入った」「土曜日……?」「食事の約束をしていただろう」 忘れるはずがなかった。 何日も前からお店を探して、着ていく服も決めていた。久しぶりにゆっくり会えると思って、今週は仕事も頑張れた。「……そっか。じゃあ、予約、キャンセルしておくね」「ああ、すまんな」 彼はもう、スマートフォンを見ていた。 別の日にしよう、とは言わなかった。 私も聞けなかった。 忙しい人を困らせたくなかった。会いたいとせがんで、面倒な女だと思われたくなかった。「仕事、頑張ってね」 するりと出てきた声は、自分でも驚くほど優しかった。 磨き上げた床に、私の姿だけがぼんやり映っていた。 やがて、その輪郭が滲んだ。 彼も、部屋も、光の中に溶けていく。 代わりに、別のシルエットが浮かび上がった。「先輩ー。お腹すいたぁ」 甘えるような声に、私は顔を上げた。「え、また? 今日もお昼持ってきてないの?」「今月、金欠やばくて。まともに食べてないんすよ」「ええっ……大丈夫?」 慌てて、鞄の中を探る。「私のおにぎり、あげる。朝作ったやつだけど」「やった。ありがとうございます!」 彼は遠

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第十八話 海沿いを通る、黒いセダンの男

    「あれ、またいる……」 海岸沿いを走る車の後部座席で、彼は手元の資料から顔を上げた。「少し、車を止めてくれ」「かしこまりました」 黒いセダンが、静かに路肩へ寄る。 窓の向こうには、今日もあの女性がいた。 一ヶ月前、リゾートホテルの買収案件で沖縄を訪れて以来、何度も見かけている。彼女はいつもひとりで、海を眺めていた。 初めて見た日は、夕暮れの波打ち際に立っていた。強い潮風に髪を乱されても直そうとせず、ただ遠くを見つめていた。 観光客だろうか。それにしては、海を前にはしゃぐ様子も、写真を撮る様子もない。 何かを考えているような横顔が、なぜか心に残った。 次に見かけたときも、その次も、彼女は同じ浜辺にいた。 もちろん、ただ海が好きなだけかもしれない。それでも、一度だけ靴を脱いで波の中へ歩いていく姿を見てからは、ここを通るたび、無意識に探すようになっていた。「……今日は、機嫌がよさそうだな」 彼女は白い砂浜に座り、紙袋から何かを取り出していた。 丸い菓子をひと口かじり、足をぱたぱたと揺らしている。どうやら、サーターアンダギーらしい。 膝に落ちたかけらを慌てて拾い、惜しそうに見つめたあと、ひとりで笑った。 その姿に、彼の口元もわずかに緩む。 あんな顔もするのか。「社長?」 運転手に呼ばれ、彼は視線を戻した。「いや。出してくれ」 膝の上で伏せていたスマートフォンが震える。東京本社からの着信だった。 応答しようとした、そのとき。 彼女が不意にこちらを向いた。 目が合った気がしたが、外から車内は見えないはずだった。 それでも彼は、わずかに背筋を伸ばした。 彼女は眩しそうに目を細めると、また青い海へ顔を戻した。「……社長、出発しても?」「ああ」 今度こそ車が動き出す。 彼は電話を耳に当てながら、遠ざかる彼女をもう一度だけ目で追った。「明日の視察ですが、現地へは高速で向かわれますか」 通話を終えると、運転手が尋ねた。 彼は資料を開き、何でもないことのように答えた。「いや。明日もこの道でいい」

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第十七話 返事を待たない朝

    昨日の紅茶も、お菓子も、美味しかった。 部屋に戻ってからは、ジェットバス付きの広々としたお風呂に浸かった。 ベッドに寝転んで、気になっていた小説を読んで。 眠くなったところで、そのまま眠った。 そして、今朝。 小春は、一人で海を見ている。 「なんで私、あんなに愛されたかったんだろうなあ」 波打ち際で、足を止めた。 好きになると、相手のことを考えるのが楽しかった。 何をしたら、喜ぶだろう。 疲れているなら、話を聞こう。 困っているなら、助けたい。 そうして自分から差し出したものが、たくさんあった。 でも。 いつの間にか、渡したあとの反応ばかり見ていた。 嬉しそうにしてくれただろうか。 迷惑ではなかっただろうか。 これで少しは、大事にしてくれるだろうか。 足りない気がして、また何かをした。 疲れていても。 本当は、寂しくても。 「……そりゃ、しんどいよね」 三人分だったのだ。 怜の言葉を気にして。 伊織の態度を考えて。 陽向の返事を待って。 その合間に仕事をして、自分の生活も回していた。 よくやっていたと思う。 ただ、もう一度同じことをしろと言われたら。 「……今は、無理」 小春は、即答した。 誰も聞いていなかったけれど。 もっと優しくすれば。 もっと理解すれば。 相手の望むとおりにできれば。 いつか、安心できると思っていた。 けれど。 一度合わせた予定は、次も合わせられると思われた。 無理をして笑った日は、大丈夫だったことになった。 寂しいのを飲み込んだら、その寂しさは誰にも伝わらなかった。 あのとき、本当は嫌だった。 今日は、私の話も聞いてほしかった。 お金も時間も、これ以上は苦しかった。 今なら、言葉にできる。 でも、その場では。 嫌われるかもしれないと思うと、言えなくなった。 代わりに、笑った。 わかった、と頷いた。 そのくせ、一人になってから悲しくなる。 「……私も、何してるんだろう」 砂の上に、視線を落とす。 喜んでほしかったのは、本当だ。 でも。 喜んでもらったあと、自分のことも見てほしかった。 いつもありがとう、とか。 無理してない、とか。

  • もう、男に尽くすのはやめる! 〜愛するのをやめたら、今さら3人の男たちに追いかけられました〜   第十六話 私のお金で、私を甘やかす

     ――そして、その頃。 小春は、沖縄にいた。「はあー……極楽、極楽」 朝の海に向かって、大きく伸びをする。 どこまでも続く青。 白い砂浜。 まだ少し涼しい風が、頬を撫でていく。「……一人って、こんなに楽しかったっけ」 思わず、笑ってしまった。 昨日も楽しかった。 一昨日も、楽しかった。 誰にも会っていないのに。 好きだとも、可愛いとも、言われていないのに。 朝起きただけで、なんだか気分がいい。 ……何これ。 今までの苦労は、何だったのだろう。 今回、小春が泊まっているのは、海の見える少しいいホテルだった。 少し、というか。 予約画面を三回見直したくらいには、いいホテルだ。 支払いには、陽向のバースデーのために貯めていたお金を使った。 あの子が喜んでくれるなら。 少しでも、自信につながるなら。 そう思って、仕事を増やしてまで貯めたお金。 それが今。 ふかふかのベッドと、海の見える部屋と、美味しい朝食に変わっている。「……めちゃくちゃ、いい使い道では?」 口にすると、ますますそう思えた。 朝は、ビュッフェ。 昼間は、部屋でごろごろ。 昨日は、楽しみにしていたアフタヌーンティーにも行った。 大きな窓から、午後の日差しが差し込むラウンジ。 案内されたソファには、淡い色のクッションが並んでいた。 人の話し声も、食器の触れ合う音も、ここではどこか遠い。 席に座っただけで、肩の力が抜けた。 そして。「……え、可愛い」 運ばれてきたものを見た瞬間。 小春は、背筋を伸ばした。 三段の銀色のスタンドではない。 持ち手のついた、濃い木目の小さな飾り棚。 四角く区切られた棚の中に、お菓子が一つずつ収まっている。 丸い飾りをのせた、淡い色のケーキ。 オレンジ色に透ける、小さなグラス。 白いクリームがくるりと絞られたタルト。 下の段には、鮮やかな青いデザートまで並んでいた。 ……何から食べればいいの。 全部、可愛い。 手前の黒いお皿には、こんがり焼けたスコーン。 細い脚のグラスには、白いクリームと濃い紫色の層が重なっている。 葉っぱの形をした、繊細なお菓子も添えられていた。 小春は、いったんスマホを取り出した。 正面から、一枚。 少し斜めから、もう一枚。 紅茶のポットも入れたくて、少しだ

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status